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掃きだめ

わめけ!!

清水富美加を批判する人たち

清水富美加に対する批判が絶えない。僕は基本的に清水富美加が好きだし、趣味みたいな感じで、そういう批判に対して反論していきたい。

 

清水富美加に対する批判は大きく分けて二種類ある。

一つ目は仕事を中途半端にして出家したこと。これはテレビのコメンテーターや大物芸能人などを主とした層による批判である。「芸能界が大変なのは当たり前。仕事を途中で投げ出すなんて許せない」みたいな考え方。

二つ目は幸福の科学という新興宗教を信仰していること。これは清水富美加の熱心なファン層による批判である。「幸福の科学なんて入っちゃダメ!変な団体だよ!洗脳されてるよ!早く逃げて」みたいな考え方。

順に反論していきます。

 

まずは一つ目から。清水富美加が撮影中の映画などを中途半端に芸能界を引退したことについて。重要な論点だと思ったのは彼女のメンタル。彼女が何度も「死にたい」などと吐いてしまうような精神状態であったということ。自傷行為もしているということ。そんな状態の彼女に対して「途中で仕事を投げ出すなんて、根性なし!」「大人としての責任感が足りない!」みたいな批判が浴びせられている。批判している人たちは、もし彼女が自殺してしまったとしても同じ言葉をかけられるのか?

また、事務所に対する批判がもっとあっていいと思う。彼女がいなくなったら大きな損害が出ることは事務所も分かっていただろう。つまり彼女は事務所にとって重要人物になっていたということだ。だとしたら彼女が気持ちよく仕事ができるように、ましてや彼女が間違っても辞めないように職場を整えるべきだった。事務所にそのような過失があるのに、彼女に損害賠償が請求されようとしている。確かに彼女は事務所との契約、他企業との契約を反故にしたかもしれない。しかし事務所は労働基準法などをはじめとした法律を反故にした可能性も考えられる。事務所が被害者ズラするのはおかしい。というか事務所が責任を取ってもいいんじゃないかとさえ思う。

 

そして二つ目。幸福の科学というよくわからん宗教に出家することへの批判。

まずTVでも指摘されているが、信仰の自由があることを最初に書いておく。他人に宗教のことをとやかく言われる筋合いはないのだ。「宗教に入らないで!」みたいな批判は価値観の押し付けに過ぎない。現にキリスト教イスラム教を信仰する人は世界に何十億人もいるのだから、神様を信仰すること自体、全くおかしいことではない。

 

幸福の科学があなたや彼女にどんな悪さをしたのか?お布施金をたくさん徴収していること?無理やり払わされているならそれは問題だが、払わせてほしいと払っている人だっている。信仰者はそうすることで安心感、心の拠り所を得ることができるのだから。しかも「幸福の科学 教義」などと検索してもらえればわかる通り、幸福の科学にはまっとうな教義もある。他人への愛を重要視すること、人には仏性が備わっていることなどである。ただ主エル・カンターレを如何わしいと考える人が多く、カルト的な扱いを受けているだけだ。

キリスト教を例えに挙げて反論する。イエス・キリストの物語だって十分如何わしいが、キリスト教を信仰している人はたくさんいる。しかもキリスト教をおかしな考え方だと批判する人は少ない。ではなぜ主エル・カンターレだけはおかしいと批判できるのか?人によって信じる神が異なっているだけではないのか?あなたは信じない。彼らは信じる。それを誰も批判できない。

 

僕がこの一件に対して考えることはこのくらいである。特に日本人は宗教に対する恐怖心が半端ないなと思う。仏教以外の宗教は信仰告白できないね。TVが日本人の恐怖を煽りすぎた。報道の際に「ちゃんとした宗教もあるんだよ」っていう補足などをするべきだった。ファンが「宗教だけはダメ!」みたいなこと言ってるのが嫌。

 

僕は清水富美加めっちゃ面白いと思うわ。